自己紹介

■はじめに

人生には、何回でも“やり直せる瞬間”がある。
そう信じたい時もあれば、信じられない時もある。

僕は、その両方を経験してきました。
そして今、26歳になって、もう一度ちゃんと自分に向き合っています。

これは、
元プロ野球選手が、野球を離れ、キャリアを手放し、迷いながら、それでも前に進んでいく物語。
そして、“名前ではなく生き方で勝負したい”ひとりの男の記録です。


■野球に人生のすべてを賭けていた

物心ついたころから、野球は僕の世界の中心でした。
強豪校で泥だらけになって過ごした日々。
勝って泣き、負けて泣き、無我夢中でバット一本にしがみついた青春。

大学でも、当然のように野球を続けた。
そして、全国のどこかにしか席がない独立リーグという世界へ足を踏み入れた。

プロ野球の舞台は華やかに見えるけど、
その裏側には言葉にできないほどの“競争”と“孤独”があります。
試合に出られるか出られないか。
結果が出るか出ないか。
それだけで自分の価値が決まっていくような感覚。

捕手として公式戦にも出て、
優勝にも関われて、
賞をいただいたときは、
「やっと自分の野球が報われた」と本気で思った。

でも同時に、
“ここで終わるわけにはいかない”
そんな焦りもずっと胸にありました。


■野球をやめた日、心の底に“穴”が空いた

プロの世界から離れると決めた日、
心にぽっかり穴が空いたような感覚がありました。

誰よりも自分を支えてきたものを手放したのだから当然です。
でも、強がりでもなんでもなく、心のどこかでこう思いました。

「野球だけで終わってたまるか」

その想いだけが、崩れかけた自分を引き上げてくれた。


■鉄道の現場で、自分を“作り直した”

次に飛び込んだのは鉄道の世界。
野球とはまったく違う、時間と命を預かる仕事。

正直めちゃくちゃ怖かった。
プレッシャーはプロ野球とはまた別の種類で、
“ミスが許されない世界”という意味では、ある意味もっと重かった。

でもここで学んだのは、
人間は環境が変わっても、何度でも鍛え直せる
ということ。

野球を失って落ち込んでいた自分に、
“責任感”という新しい武器が生まれた。


■そしてITの世界へ

鉄道の仕事をしているうちに、
「もっと成長できる世界に行きたい」
そんな気持ちが湧き上がってきました。

その結果、僕はITエンジニアの道へ進むことになります。

最初は分からないことだらけで、
コードを見ても意味が分からない。
用語の一つ一つに苦戦していた。

でも不思議なもので、
一度“プロの世界”を経験した人間は、努力の仕方を知っている。

野球で培った分析力・継続力・メンタル、
鉄道で鍛えた責任感・準備力・安全意識。
これらが全部ITの世界で活きた。

気づけば開発も要件定義も任されるようになり、
チームをまとめる役割も経験し、
また新しい“チームで戦う自分”が戻ってきた。


■資格に挑戦した理由

FP2級、宅建。
全然違うように見えるけど、僕にとっては同じ理由で取った資格です。

「人生の基礎を固めたい」

野球を失ったときのあの感覚を、二度と味わいたくなかった。
だからこそ、“仕事以外の自分の土台”を作り始めた。

お金の勉強をし、法律の勉強をし、
人としての“総合力”を上げていきたいと思った。


■このブログで書くこと

僕は特別な人間じゃありません。
ただ、
何度もキャリアを失って、何度も再スタートを切ってきた男
というだけです。

だからこそ書けることがある。

  • 夢を失った日の痛み
  • 新しい世界に飛び込むときの恐怖
  • ゼロからキャリアを作る苦しさ
  • 仕事が分かり始めた時の喜び
  • 自分の可能性を信じてみたくなる瞬間
  • 成長が止まって不安になる夜
  • それでも前に進む理由

このブログでは、
きれいごとじゃない、リアルな人生の話
を残していきます。

成功談じゃなくていい。
自慢話はいらない。

ただ、
「26歳でもう一度人生を整えたい」
そんな僕の等身大の記録です。

同じように、
何かを失って、
何かを始めたくて、
でも勇気が出ない人に届けばいい。


■最後に

僕は、まだ途中の人間です。
完成なんてしていません。
誇れるものも少ないかもしれない。

だけど――
“もう一度、自分の手で人生を作りたい”
という気持ちは、本物です。

このブログは、
その気持ちを形にしていく場所。

偶然でも、運命でも、
このページに辿り着いてくれたあなたに、
少しでも何かが届けば嬉しい。

これから、よろしくお願いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました