野球を失っても、人として終わらなかった話

人生・キャリア

―― プロを目指した僕が、何度も人生を選び直して気づいたこと ――


野球がなくなった瞬間、僕は「空っぽ」になった

僕は、長い間「野球の人」だった。
人生の中心には、いつも野球があった。

強豪校に進学し、レギュラーを目指して必死に練習した。
大学でも野球を続け、独立リーグでプロ野球選手を本気で夢見た。

勝てば嬉しくて、負ければ悔しくて、
どんな日も「明日うまくなるため」に生きていた。

でも、その野球が突然なくなった。

引退を決めた日、心に残った感情は二つあった。
解放と、喪失

「ああ、もうこのプレッシャーと戦わなくていいんだ」という安堵。
同時に、「じゃあ俺は、これから何者なんだ」という恐怖。

野球がなくなった瞬間、
僕は一気に“中身のない人間”になった気がした。


「野球しかなかった自分」が社会に放り出された

次に選んだ道は、JRだった。

時間
安全

ミスが許されない世界。
野球とはまったく違う種類の重圧だった。

最初は必死だった。
「野球で通用しなかった分、ここではちゃんとやらなきゃいけない」
そんな思いだけで踏ん張っていた。

でも、徐々に心が追いつかなくなった。

出社前、会社の前のベンチで呼吸を整えないと建物に入れない日が増えた。
夜になると、明日のことを考えて眠れなくなった。
原因不明の微熱が、2週間以上下がらなかった。

それでも自分に言い聞かせ続けた。

「これは甘えだ」
「逃げたいだけだ」
「社会人として当然のことだ」

でも今なら分かる。
あれは根性の問題じゃなかった。
心が限界を超えていた。


「辞める=逃げ」だと思っていた

JRを辞める決断は、正直怖かった。

安定を捨てる不安。
世間体。
「また逃げるのか」と言われる恐怖。

でも、これ以上続けたら本当に壊れる。
そう直感的に分かっていた。

辞めた直後、前向きになれたわけじゃない。
ただ一つだけ、はっきりした変化があった。

夜に眠れるようになった。
頭の中にかかっていた霧が、少しずつ晴れていった。

このとき初めて思った。

もしかして「逃げ」じゃなかったんじゃないか、と。


IT未経験で、もう一度「ゼロ」から始めた

そこから、ITエンジニアの道に進んだ。

知識ゼロ。
経験ゼロ。
年齢的にも遅いスタート。

最初は本当に何も分からなかった。
コードは記号にしか見えず、エラーは暗号。
会議では何を話しているかすら理解できなかった。

「また間違った選択をしたんじゃないか」
そんな不安は、何度も頭をよぎった。

それでも、不思議なことが起きた。

ある日ふと、
分からなかったものが、少しだけ分かるようになっていた。

ログが読めた。
処理の流れが見えた。
昨日より、ほんの一歩前に進めた実感。

その瞬間、胸の奥が熱くなった。

「ああ、これだ」
野球をしていた頃と同じ感覚だった。


人生は「一本の正解ルート」じゃなかった

振り返ると、僕の人生は遠回りばかりだ。

野球を辞めた。
JRを辞めた。
安定を何度も手放した。

世間から見れば、
「途中で投げた」
「逃げ続けている」
そう見えたかもしれない。

でも今なら言える。

どれも、投げたんじゃない。選び直しただけだ。

野球で身についた、折れないメンタル。
JRで叩き込まれた、責任感と確認力。
ITで磨かれた、論理と思考。

全部、今の自分につながっている。

バラバラに見えた経験は、
あとから一本の線になった。


野球を失っても、人として終わらなかった理由

もし、野球をやめた直後の自分に声をかけられるなら、こう言いたい。

「大丈夫だ。まだ終わってない」

何かを失ったとき、人は自分まで失った気になる。
でも違った。

失ったのは“役割”であって、
人間そのものじゃなかった。

大切なのは、
一度選んだ道を一生背負うことじゃない。

何度でも、人生を選び直せる力を持つことだ。


今、立ち止まっているあなたへ

もし今、あなたが

  • 夢を手放して空っぽになっている
  • 仕事がしんどくて限界に近い
  • 辞めたいけど、それが「逃げ」に思える

そんな状態なら、覚えておいてほしい。

人生は途中で折れても、人として終わらない。

むしろ、
選び直した回数だけ、人は強くなる。

遠回りした人間にしか見えない景色が、確かにある。


おわりに

野球は、もう戻らない。
でも、野球に人生を賭けた時間は、消えていない。

僕はこれからも、
迷いながら、選び直しながら、生きていく。

それでいいと思えている。

人生は一直線じゃない。
折れ曲がって、寄り道して、それでも前に進める。

野球を失っても、人として終わらなかった。
それが、今の僕の結論だ。

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