キャリアを3回変えた僕が見つけた「働く意味」

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■ はじめに

振り返ると、僕のキャリアはまっすぐではなかった。
野球をやめ、JRに入り、そしてITへ。三度の選択は、いつも正解がわからないままの一歩だった。それでも今、胸を張って言えるのは――働く意味は、肩書きでも安定でもなく、“成長を実感できるか”にあるということだ。


■ 野球をやめた日:解放と、静かな気づき

正直に言うと、野球をやめた瞬間はほっとした。厳しい練習と張りつめた日々から解放されると思ったからだ。でも同時に、心の奥でこうも感じた。「その苦しさを苦しさと思わない人がプロになる」。悔しさでも自己否定でもない、ただ静かな事実として受け止めた。
働く意味なんて、その時はまだ考えていなかった。ただ、**“好きなことを、お金をもらいながら本気でやれた”**という事実は、今も自分の土台になっている。


■ JRに入社:安定に惹かれ、現実に目覚める

JRには大きな志があったわけではない。「給料が安定している」――その程度の理由で扉を叩いた。正直、野球に比べれば楽だろうとどこかで思っていた。けれど、入社して10日ほどで考えは変わる。時間管理・金銭管理・安全意識――当たり前の“基本”の重さに、あっという間に圧倒された。
それでも最初は安定を感じたし、「このまま残りの人生をここで働くのも悪くない」と思った。けれど、日が経つほど胸の中に小さな違和感が積もる。「自分は“看板”で評価されたいだけじゃないか」。世間の目に合わせた自分に、ふと気づいてしまった。


■ 会社の看板から、自分の名前へ

JRを辞めると決めた理由は、言葉にすればひとつだけだ。
「会社の看板がなくても生きていけるように、自分の力を高めたい」
安定はありがたい。けれど、興味のないことを40年続ける自分を想像したとき、心が静かに拒否した。怖さはあったが、それ以上に**“自分で選びたい”**という気持ちが勝った。殻が割れる音を、自分の内側で確かに聞いた。


■ ITへ:興味が、仕事を持ち上げてくれる

ITに入ってからは、正直に言えば毎日が簡単ではなかった。
エラーは解けず、会議の用語も追いきれない。けれど、興味がある分野だと、苦労の質が変わる。眠い目をこすってもドキュメントを読み、通勤のバスで用語を調べ、何度もトライアンドエラーを繰り返す。
ある日ふと、コードが読めるようになっていた。ミーティングの話が頭に入ってくるようになった。「昨日の自分より、少し前へ」――その実感が、働く僕を支えてくれた。


■ 3度の選択が教えてくれたこと

キャリアを三度変えたからこそ、失ったものもある。でも、手に入った強さもある。
それは“派手な才能”ではなく、選んだ道に自分で責任を持つ姿勢だ。野球で知った自己管理、JRで身についた基礎の徹底、ITで鍛えられた論理と学び続ける姿勢。どれも一つ欠けたら今の自分はない。
そして気づく。働く意味は、結果や称賛の手前にある“日々の成長”そのものだ、と。


■ 働く意味:成長があるかどうか

今の僕にとって“働く意味”は、難しくはない。

  • 成長を実感できるか
  • 昨日の自分より一歩進めたか
    たったそれだけで、仕事は意味を帯びる。夢としては、個人で働ける力を身につけたい。看板ではなく、自分の名前で勝負できる人間でありたい。焦らず、謙虚に、積み上げていく。

■ おわりに

正解が見えなくても、自分で選ぶ。その一歩の連続が、僕のキャリアをここまで運んでくれた。
“かっこよさ”は派手な言葉じゃなく、迷いながらも立ち止まらなかった背中に宿るのだと思う。これからも、静かに、誠実に。昨日より少しだけ前へ。

働く意味は、歩くほど深まる。
だから今日も、手を動かして、前に進む。

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