── JR時代に心が壊れかけて気づいたこと
はじめに
「もう少し頑張ってから考えよう」
「ここで辞めたら逃げになる」
「レールから外れるのが怖い」
JR時代の僕は、
こんな言葉を何度も自分に言い聞かせていた。
でも今なら、はっきり言える。
限界まで頑張ってから辞める、は間違いだった。
この記事は、
心が壊れかけてから気づいたこと、
そして、当時の自分にどうしても伝えたい言葉をまとめた記録です。
「職場が近づくにつれて、胸が苦しくなる」
異変は、ある日突然起きたわけじゃなかった。
朝、家を出て、電車に乗り、
職場に近づくにつれて――
胸がぎゅっと苦しくなる。
「嫌だな」とか「憂うつ」なんて軽い言葉じゃない。
身体が、明確に拒否反応を出していた。
それでも当時の僕は、
こう思おうとしていた。
「社会人なら、これくらい普通」
「逃げたいなんて、甘えだ」
心の奥で一番強かった感情は、
**「逃げたい」**だった。
でも、その気持ちにフタをした。
本当は、もう限界サインは出ていた
今振り返れば、
サインははっきり揃っていた。
- 会社が近づくと胸が苦しくなる
- 何かする気力が湧かない
- 夜が怖くて眠れない
- 笑顔が消える
- 常に頭が重く、思考が鈍る
そして決定的だったのが、
2週間ほど続いた、原因不明の微熱。
身体が「もうやめてくれ」と言っていた。
それでも「まだ大丈夫」と思おうとした理由
なぜ、ここまで来ても辞めなかったのか。
理由ははっきりしている。
- 世間体
- 「ここで辞めたらレールを外れる」という恐怖
- 「せめて1年は頑張らないと」という思い込み
何より怖かったのは、
途中で仕事をやめた自分を、自分自身が認められなかったことだ。
辞めると決めた、本当の理由
辞める決断のきっかけは、
劇的な出来事じゃなかった。
ただ、ある日ふと気づいた。
「何もする気力がなくなっている」
考える力も、
前向きになる力も、
未来を想像する余裕もない。
それに加えて続く微熱。
このとき、腹の底で分かった。
「これは気合や根性の話じゃない」
「このままいたら、本当に壊れる」
辞めてから、身体が先に教えてくれた
辞めてすぐに、前向きになれたわけじゃない。
でも、少し時間が経った頃、
明らかな変化が出た。
- 心が軽くなった
- 夜、自然に眠れるようになった
- 頭の中にかかっていた霧が、少しずつ晴れていった
あのとき初めて、はっきり分かった。
あれは「甘え」じゃない。
完全に限界を超えていた。
今なら分かる「辞めるべきサイン」
もし、今この記事を読んでいるあなたが
昔の僕と同じ位置にいるなら、これだけは伝えたい。
辞める判断基準は「気合」じゃない
- 出社前に身体症状が出る
- 休んでも回復しない
- 気力が根こそぎ削られている
- 身体に原因不明の不調が出ている
- 「頑張れば良くなる未来」が想像できない
これは努力不足じゃない。
環境と心の限界の問題だ。
過去の自分に、かけたい言葉
もし、あの頃の自分が
「それでも頑張るべきか?」と聞いてきたら、
迷わずこう言う。
「すぐやめなさい」
人生は、立て直せる。
でも、心が壊れてからでは遅い。
昔の僕みたいな人へ
この記事は、
「限界だけど、まだ大丈夫だと思おうとしている人」
に向けて書いた。
逃げたいと思っている自分を、
必死に否定している人。
あなたは弱くない。
サボってもいない。
ただ、
合わない場所で、限界以上に頑張っているだけかもしれない。
おわりに
限界まで頑張る美徳なんて、いらない。
壊れる前に離れることは、
逃げじゃなく、生きるための判断だ。
あのときの僕が立ち止まれなかった分、
今、同じ場所にいる誰かが
少し早く気づけたらいい。
それだけで、この記事を書く意味がある。



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